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機関誌THE YMCA

THE YMCAは日本YMCA同盟が発行している機関誌です

最新号のオピニオン 「弱さの向こうにあるもの」

全国YMCA発達支援事業部担当者会 基調講演より ~同志社大学教授 木原活信(きはら かつのぶ)氏

私の親戚に「ひろき君」という、重度の知的障がいのある自閉症者がいます。限られた言葉しか発しませんが、私のことは「ひー」と呼びます。髭の「ひー」です。先日、パンの美味しいレストランに一緒に行った数日後、私を見て「パン、パン、パン」と言って笑ってくれました。通訳すれば、「先日はごちそうさまでした」となるでしょうが、私にはそんな社交辞令よりもずっと嬉しい感謝の言葉でした。ひろき君が生まれて以来、私はこういう幸せな瞬間をたくさん経験してきました。

さて、神奈川県相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で入所者など46人が殺傷された事件から今夏で6年になりました。「障がい者はいなくなればいい」「ヒトラーが降りてきた」という犯行動機は世間を震撼させましたが、さらに恐ろしいのは、一部のSNS上に共感の声があったことです。生産性のない者を無用とみなす「優生思想」は、ナチス以前からあったものですが、私はひろき君を無用だと思ったことは一度もありません。

YMCAが基盤としているキリスト教では、人は存在そのものに価値があると考えています。人の価値は、何をしたか、何ができるのかによって変わるものではない。doing(~すること)ではなく、being(あること)。存在自体に価値がある。私は大学で教えていますので、学生の単位を落とすことはありますが、その学生に価値がないわけではありません。能力や行為によらず、存在していることに価値がある。それは、赤ん坊が何もしないからといって無意味な存在と言われないのと同じです。一人一人に尊厳があるということです。

私の勤める同志社大学のキャンパスの壁には、創設者である新島襄が語った「諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ」という言葉が刻まれています。これは1885年(明治18年)、創立10周年の記念式典の壇上で語られた言葉です。アメリカから帰国したばかりの新島は、自分の出張中に不始末を起こして退学処分になった学生がいたと知り、「今日みなさんは10周年を祝っているが、彼は参加できなかった。私の心は涙です」といって泣きだし、「人一人は大切なり」と語りました。富国強兵の時代にこんな話をしたのは驚きですが、牧師でもあった新島の脳裏には、聖書の「羊飼いのたとえ話」があったと思われます。

「百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか」(ルカによる福音書15章4節)。多数派ではない一匹。群れから外れてしまった一匹。それは弱く生産性のない一匹かもしれませんが、そこに目を向けて、共に泣き共に喜ぶのがキリスト教の精神です。

「日本YMCA基本原則」には、「YMCAは、イエス・キリストにおいて示された愛と奉仕の生き方に学びつつ…(中略)…すべてのいのちをかけがえのないものとして守り育てます」と書かれています。どうかこの素晴らしい理念を徹底して、この迷いの多い社会をリードしていってほしいと思います。 (まとめ 編集部)

【Profile】
同志社大学教授。博士(社会福祉学)。学校法人同志社理事、評議員。専門は、福祉思想史・福祉哲学、ソーシャルワーク論。日本社会福祉学会会長歴任。日本キリスト教社会福祉学会会長。著書に、『「弱さ」の向こうにあるもの』(いのちのことば社、2015)、『社会福祉と人権』(ミネルヴァ書房、2014)ほか多数。NHKこころの時代、ラジオ深夜便など出演。   


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