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機関誌THE YMCA

THE YMCAは日本YMCA同盟が発行している機関誌です

特集:クリスマスを考えてみよう

最新号のオピニオン

日本YMCA同盟からの提言

一人ひとりが歓迎される世界をめざして―クリスマスに思う―

関西学院大学総合政策学部 准教授
村瀬 義史

日本に見られるクリスマスの大衆イベント化は明治時代から始まっているようで、その騒ぎ方にはキリスト教をやんわりと遠ざけようとする日本人の抵抗の知恵が潜んでいるのだ、という議論もあります(堀井憲一郎著『愛と狂瀾のメリークリスマス』)。しかし、軽薄に見える部分のあるイベント的クリスマスにも、サンタのように誰かを喜ばせる存在でありたいという多くの人の願望が反映されており、クリスマス(キリスト降誕祭)の意味と通じるところは少なくないと思います。
普段、私が大学で出会う学生たちは、学生生活のさまざまな経験によって知性と人格を磨き、各自のやり方で将来を模索しています。それはアイデンティティの模索と重なっており、根底には周りの人やこの世界にとって自分が一体誰なのか、私はどんな存在になり得るのか、という、一つ高い次元の探求があります。きっと誰もが、誰かにとって意味のある何者かでありたいのです。多感な若者たちはこの大切な問いを、この世に生をうけた意味を、より根本的に問い掛けている存在なのかもしれません。
クリスマスは、イエスの誕生を中心に、生まれてくる不思議について思いをはせる魅力ある祭りです。聖書によると、イエスの誕生を真っ先に歓迎したのは社会の周縁や底辺で生きる人びとでした。ここには、分け隔てのない神の愛を伝える生涯において、イエスが特にどのような人びとと共に生きることになるかが暗示されています。キリスト教では、「人」として生まれたイエスの存在そのものが、神からの贈り物だと考えます。孤独を破り、人を力づけ支えるのは、モノ・コト自体ではなく「人」なのです。
イエスの誕生を祝う意味の一つは、イエスと、彼が特に大切にした人びとにとって、自分が誰であるのかを問い返すこと。また、自分がこの社会にいる、誰にとっての、どういう存在なのか、を問い返すことだと思います。ささやかでも、イエスと共に、弱さや困難の中にある人の友になれるならば、なんと幸いなことでしょう。こうした歩みの中で、自分も他者も等しく、一人ひとりがこの世への神からの贈り物であることに目を開かれるのだと思います。



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