日本語科 卒業生の声

私にはとても暖かかったYMCAを卒業してからもう半年が経ちました。YMCAを去ってからしばらくは、そこでの生活が懐かしいかぎりでした。クラスの構成が少人数で、一人一人 きめ細かく気を使ってくださって、何かがある度に全力を尽くしてくださった先生方、そして 不慣れな日本で同じ目標を持って、共に歩んだ国籍が違う友達。一緒にいる時は気がつかなかったけれども、離れてみたら、どんなに大切で感謝しなければならなかったことだったのか、分かるようになりました。
最初に入学した時は、 あんよを始める赤ちゃんのようにすべてが不慣れで、心配で、心細いかぎりでした。言葉が通じないという新しい経験が大きい衝撃になり、一日に何回も韓国に帰りたいと思うばかりでした。今になって考えてみるとその時の3ヶ月くらいが一番つらかっただけで、後からはそのように考える間もなく、とても忙しく過ごしました。
先生方の真心のこもった教えに、少しずつ日本語が聞こえるようになった頃、迫って来た二番目の難関は留学試験でした。 まだまだ不十分な日本語ももちろんですが、総合科目と数学はどうしようもない分野でした。しかし学校側で準備してくださった数学の特講と、特別に招いた講師の総合科目の講義など、充実した授業のおかげでとても助かりました。留学試験が終わってからは、自分の日本語能力を省みることが出来るスピーチ大会、それから定期テスト、また待ちに待ったけれども宿題が多く、決して楽ではなかった夏休み、全クラスが楽しむ遠足、専門学校の学生と一緒だったYMCAカーニバル、二度目の留学試験、1年かけて準備してきた日本語能力試験の順で続いていたので、 一瞬たりとも他の事は考える暇のない忙しい日々でした。
能力試験を終りに少しは暇になるかなと思ったのも束の間、いよいよ本番の大学受験が待っていたのでした。語学研修にとどまらず、せっかく身につけた日本語だからもっとうまくなりたいという気持ちが、最初は研修期間が終わると同時に帰るつもりだった私の考えを変えました。志望理由書を書くことから、何度も行った面接の練習まで何一つ一人で出来るものはありませんでした。一から合格まで全てを隣で見守ってくださって、相談にのってくださった先生方には心から感謝いたします。私が志望した大学の発表が一番遅かったため、とても緊張していた合格発表日、合格したと学校に伝えた時は、皆が自分のことのように喜んでくれました。
皆と過ごした毎日がとても大切な時間でした。毎日が充実していて、毎日がファイトの日々でした。お互いに分からないことは助け合いながら、共に成長してきた学校の友達や優しい先生方と一緒に過ごした日々はとても幸せでした。水清く、空気良く、心温かい人々がいるここ和歌山で、今はバラバラになった友達との一年は変えられない大切な思い出に、そして宝物になりました。ここ和歌山で勉強したことを誇りに思い、国に帰るその日まで頑張ります。
2005年 9月吉日