花模様

東山荘と私

運営委員 佐藤 健

「東山荘のお菊」

 二〇〇七年六月の東山荘は初夏の只中だった。

 その年、私の住んでいる柏崎は何十年ぶりかの少雪で、二月にはまったく雪のない中で「雪祭り」が行われたし、山菜採りも一ヶ月くらい早く始まっていた。

 ところが富士山はいつもの年より残雪が遅くまで残っている。盛岡美貴さんの話だと、今年は冬型の気圧配置になることが少なく、強い北風が吹かなかったから雪が飛ばされずに残っているのだと言う。

 そんな雪を頂いた富士を背景に、緑を濃くした木々が現在進行形で枝を伸ばしているように思えた。

 本館前の植え込みには次々に蝶が訪花してくる。来ているのはジャコウアゲハという黒っぽい大きな蝶だ。温暖な地方に多産する蝶で、幼虫が好んで食べるウマノスズクサが少ない新潟ではまず見たことがないから、興味深く眺めていた。

 こういう開けた場所に出てくるのはオスだけだと思ったら、メスも随分いるではないか。それもそのはずジャコウアゲハは幼虫時代に毒素を含んだ植物を食べるから鳥に襲われることが少ない。つまり毒を以って武装し、母性を守っているのだ。さらに面白いのは、この蝶に姿を似せたアゲハモドキという蛾がいて、こちらは無毒であることからベイツ型擬態―要するに「トラの威を借るキツネ」―といわれている。

それが何千万年も前から続いているのだから、神のなさることは人智を超えている。

さて、このジャコウアゲハの蛹は「お菊虫」と呼ばれている。怪談「播州(番町)皿屋敷」で不遇の死を遂げたあのお菊である。蛹はその形が後ろ手に縛られ俯いているように見えることや、薄暗い墓地の墓石についていることなどから、こんな名が付いたのだという。

そこで、お菊虫がいないものかと朝の散歩がてら荘内のミニハイクコースを探してみた。

歩き始めてほどなく、高い木の天辺近くでイカルがさえずっているのが聞こえた。さらに歩みを進めると、林のそこここで鳴いている。小群が東山荘に降り立ったような感じだ。

そういえばこの鳥は「お菊二十四(オキクニジュウシ)」と鳴くと聞いたことがある。皿屋敷のお菊は二十四歳で井戸に身を投げたのかとか、二十四は皿の枚数か、などと怪談との関係を想像してみるのだけれど、硬い木の実でも割ることのできる大きくて黄色い嘴や、どちらかというと派手な色合いの鳥だから弔って鳴いているとは思えない。もともと鳥の「聞きなし」に意味も由来もないのだが、フクロウに暗闇で「ボロ着て奉公」と鳴かれたら「もっと勤勉にならなくては…」などと思ってしまう。

夕陽の丘にたどり着き、この時期にしてはすっきりと晴れわたった朝の富士を眺めた。イカルの「お菊二十四」が耳に残っていて、お菊虫のことはすっかり忘れていた。

と、そのとき黙想館近くの藪でカサカサと音がした。ノウサギ?改めて聞き耳を立てることもせず、私はその音の主がコジュケイという鳥に違いないと勝手に想像した。 

何しろここは黙想館だ。

彼らはいつもこう鳴く。《Peaple,Pray.Peaple,Pray.》人よ祈りなさい。

さとう けん

一九五五年東京生まれ 元東京YMCA職員

現在は新潟県立こども自然王国副館長

日本自然保護協会自然観察指導員

NPO法人日本アンリ・ファーブル会会員

千葉YMCA協力会員



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