報告:とちぎYMCA主事 桑原公一('99/10/21)
- 9月21日の起きた台湾大地震は、みなさんの記憶にも新しいところだと思います。大変大きな被害をもたらし、1ヶ月経った現在でもテント生活をされている方が沢山います。日本から近い国、また、とちぎYMCAと10年前から交流をしている南投YMCAがあると言うこともあり10月6日(水)から16日(土)まで台湾へ行って来ました。
- 6日台北市内に入りました。台北でも大きなホテルが倒れたという報道がありましたが街の中は、全く問題ありませんでした。(そのホテルに問題があったようです。)台北では、例えるなら神戸の地震を東京で見ているような感じです。
- 翌日、7日、台北YMCAが地震の救援活動している埔里(プーリー)という街に入りました。埔里は、震源地の集集(チーチー)から約60kmの所にあります。埔里へ行く途中で草屯(ツァオツゥン)にある南投YMCAを訪問し現在の状況とこれからの活動について聞きました。南投YMCAは、今は活動拠点を南投市から草屯に移しています。
草屯のYMCA
- 草屯のYMCAで、とちぎYMCAから義援金として20万円お渡ししました。
とちぎYMCAから義援金(左が桑原)
- 草屯は、大きな被害ではなかったものの、地震前の生活と全く同じというわけではありませんでした。草屯から埔里へ向かうにつれて地震の被害が大きくなってきます。建物や橋は壊れ、道端にはテントが張ってあり、山の山肌が崩れ落ちています。
草屯から埔里へ向かう途中、崩れた山肌
- 道は所々クラックが入っていたりうねっていたりしますが交通には支障ありませんでした。埔里の街の中は、大変な被害です。学校や政府の建物はほとんど倒壊していて、修理不可能な状態です。
- その他の建物も被害の程度は異なるものの修理不可能なものばかりで機械等で壊さないと何もできない状態です。それでも街の中は政府や軍隊また、多くのボランティアが入り着実に様々な活動が進んでいるのでいい方です。
埔里の中学校は使用不能
- 埔里から山の方へ5〜10km程行ったところの牛尾(ニョウウェイ)や牛眠(ニョウミェン)という村には、ボランティアはもちろんのこと、政府や軍隊ですら入っていない状況です。その上こういった村は、建物の作りが簡単で古いためほとんどの家が全壊状態です。
牛尾では、ボランティアはキャンプ場のこのようなテントで寝起きして活動しました
牛尾の被災状況1
牛尾の被災状況2(上の写真の反対側)
- また、日本と同じようにこのような村は若い人がいなく、居たとしても昼間は仕事に出かけてしまい、残っているのはこどもと老人だけです。ですから何かやるにも体力的に難しくその上学校もやっていないので子どもの面倒を見なくてはいけません。ですから作業がほとんど進まない状態です。
- そこで台北YMCAを中心とした救援活動をこのような村をメインとして行うようになりました。ボランティアは、神戸元気村から来た日本人と台湾留学生です。活動内容としては、実際に瓦礫の中から家具や思い出の品などを掘り出したり、安全な場所に移動したりという肉体労働部隊とどこでどのようなニーズがあるかまた、救援活動をお知らせするという調査部隊に別れての活動となりました。
埔里の台北YMCAボランティアセンター
貴重品を掘り出しているところ
- はじめのうちはなかなか情報も集まらずうまく活動できませんでしたが、ボランティアと台北YMCAスタッフとのコミュニケーションがうまく取れるようになったことや被災された方との信頼関係ができたことにより次々とリクエストが来るようになり、この地での活動が順調に動き始めました。一度システムが出来てしまえば次々と変わる状況にもすぐ対応できるようになります。
埔里郊外の牛尾で、品物の掘り出し
- 地震から2週間たちこれからのボランティア活動の基礎が出来たという感じです。まだ復興までには、長い時間がかかります。肉体作業のようなものは数週間でなくなっていくと思いますが、精神的なケアーはきっと終わることのないものだと思います。
埔里郊外の牛尾で、屋根解体作業
- (11日からはチャイルドケアのプログラムが開始されました。対象は幼稚園から中学生までです。現在60名程いるそうです。プログラムの場所はカラオケBOXです。このプログラムには幼稚園や学校の先生が協力をしているので問題はまったくありません。ですから私の出来ることもありませんでしたが、依頼さたのは、日本の音楽を使っての体操です。−−こちらのスタッフの朱さんは、以前私が幼稚園で体操を教えているのを見ていて、この様なリクエストがありました。−− 言葉が通じず困難なことが多いですが頑張ってきました。:この部分は、前回報告からの引用)
埔里のカラオケBOXの前で
カラオケBOXの中庭で食事をしている児童
カラオケBOXの中庭で食事をしている児童
- カラオケBOXの使用料が高額なことから、18日の週からは、活動拠点を台湾長老教会の活動センターに移す予定で、その場所を見てきました。写真をつけます。写真の中にあるYMCAの看板は、夏の期間YMCAのキャンプに使用したときのものが残っています。
台湾長老教会の活動センターを視察
- 日本では既にこの地震の報道がほとんどされなくなり、そのうち忘れられていくのではないかと思います。11日間という短い間では何も出来ずまた、やり残したことがたくさんあります。この気持ちをそのままに、日本でしっかり報告し、日本で出来る支援活動をこれからも行っていきたいと思います。私たち一人一人が出来ることは全く違い本当に小さなことかもしれません。しかしいつまでも台湾のことを考え続け、その人なりの支援をいつまでも続けていくことが大切だと思います。
埔里の中学校のグランド(400mトラック内側)の仮設テントでの生活
以上
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